平安時代~鎌倉時代初期に活躍した歌人による百首の和歌集で藤原定家によって鎌倉時代初期に編纂されたもよう。
一番歌 天智天皇38代(中大兄皇子)↓

(現代語訳)
秋の田んぼの刈った稲穂の番をする仮小屋の、屋根をふいてある苫の目が粗いので 私の袖はよつゆに濡れて、かわくひまもないことである
二番歌 持統天皇41代(天智天皇の娘)↓
天の香具山―持統天皇(天智天皇の娘).jpg)
(現代語訳)
春が過ぎて夏が来てしまったらしい 夏が来ると白い着物を干すという天の香ぐ山に、白い着物が干してあることよ
三番歌 柿本人麻呂↓

(現代語訳)
山鳥の垂れ下がった尾のように 長い長い夜を 一人寂しくねることかなあ
四番歌 山部赤人↓

(現代語訳)
田子の浦に出て眺めてみると 富士山の高い峰に白い雪が しきりに降っていることよ
五番歌 猿丸太夫↓

(現代語訳)
奥深い山で 一面にひきつめられた紅葉をふみわけて 鳴いている鹿のその声を聞くと 秋はしみじみとわびしく感じられるな~
六番歌 大伴家持↓

(現代語訳)
七夕の夜にかささぎが羽を広げて かけ渡した天の川の橋に見立てた宮中の橋に 降りている露の真っ白いのを見ると 夜もだいぶ更けてしまったのだなー
七番歌 阿倍仲麻呂↓

うた↑ ⑦天の原 ふりさけ見れば春日なる 三笠の山に出でし月かも
(現代語訳)
大空を振り仰いで眺めると 美しい月が出ているが あの月はきっと故郷である春日の三笠の山に 出た月と同じだろう
八番歌 喜撰法師↓

(現代語 訳)
都を離れて、山奥の小屋に住んでいるが、人はこの世を憂いて、山に引きこもっているというがそんなことはないよ
九番歌 小野小町↓

(現代語訳)
桜の花の色はすっかりあせてしまったわ、私の容姿端麗もむなしく世を過し、物思いに更けていた間に衰えてしまったわ
十番歌 蝉丸↓

(現代語訳)
東国へ出ていく人や帰ってきた人々 またそれを見送る人々 出迎える人々 人々が別れを繰り返す一方で 出会いもまた繰り返されるって
十一番歌 参議高村↓

(現代語訳)
流罪になった私は 大海原の島々を目指してこぎだしていったと京都の人に伝えておくれ
十二番歌 僧正遍照↓

(現代語訳)
今しばらくこのままで見ていたいのです 地上に降りた美しい天女の姿を天女たちが帰ろうとする路を 早くふさいでください空の風よ
十三番歌 陽成院↓

(現代語訳)
筑波の山の峰から流れ落ちる男女(みな)の川が わずかな水が積もって 深い淵となっていくように 私の恋もひそやかな思いであったものが
積もり積もって深い思いになってしまいました
十四番歌 河原左大臣↓

(現代語訳)
むつのくにの 染色された布模様のように わたしのこころを誰が染めたんですか そうです貴方が染めたのです
十五番歌 光孝天皇↓

(現代語訳)
あなたにあげるために 春の野に出て若菜を摘む私の袖に しきりに雪が降りかかってくる
十六番歌 在原行平↓

(現代語訳)
ここでお別れして因幡の国に行くが、あの因幡の山の峰に生えている松のように、あなたが待っていると聞いたなら すぐに帰ってこよう
十七番歌 在原業平↓

(現代語訳)
竜田川に 流れ沈むもみじがまるで、絞り染めのように綺麗だ、こんなことって聞いたことがない
十八番歌 藤原敏行↓

(現代語訳)
岸に寄せる波でさへ 昼も夜もよせてくるのに 夜 夢の中で恋人のもとへ通う路で、一目をはばかって 来れないのだろうか
十九番歌 伊勢↓

(現代語訳)
難波潟に生えている、蘆の節と節の間は短い そんな短い時の機会でさへも、貴方はあってくださらないの もうこれっきりだと言うの
二十番歌 元良親王↓

(現代語訳)
つらい思いに苦しんでいる今は これ以上何もしないで悩むより 死ぬ覚悟で 逢いに行きます
二十一番歌 素性法師↓

(現代語訳)
今から行くよっておっしゃったから、待ってたけど 夜明けの月を待つことになったよ 移り気が心配です
二十二番歌 文屋康秀↓

(現代語訳)
山の風が吹くと 秋の草木がしおれるので それで山の風であらしというのだろう
二十三番歌 大江千里↓

(現代語訳)
月を見るともう悲しくてならない 秋は私一人のところに来たわけではないのだが
二十四番歌 菅原道真↓

(現代語訳)
あわただしさにまぎれ ぬさ(お金)の用意のないまま旅に出て 途中たむけやまじんじゃに立ち寄りました 紅葉があまりにもつややかなので幣の代わりに一枝 神のみごころに捧げ 旅の安全を祈ります
二十五番歌 藤原定方↓

(現代語訳)
さなかずらの植物のように (根のありかがわからずらい) 人知れず 私が行くまで待っててほしい 何かあの人の家にたどり着く手立てはないものか
